最初に会う場所は北上川の両岸で考える
盛岡駅と中心市街地のあいだには北上川が流れ、その両岸を結んでいるのが開運橋です。初めて顔を合わせる日は、駅の側と橋を渡った中心部のどちらで落ち合うかが前もって決まっていれば、当日のメッセージは一、二通で足ります。新幹線で来る相手なら駅の側、市内で暮らす相手なら中心部、という分け方が基本です。
| 立ち寄り先 | 街の中での位置 | 初回に合う過ごし方 |
|---|---|---|
| 盛岡駅前の滝の広場 | 新幹線と在来線、IGRの集まる駅の正面 | 遠方から来る相手と合流し、駅の周辺で過ごす |
| 開運橋 | 橋の上から北西に岩手山が見える | 晴れた日に山を眺めてから中心部へ |
| 映画館通り | 大通・菜園の中心部 | 天気に左右されない屋内の予定にする |
| 盛岡城跡公園(岩手公園) | 中心部の城跡 | 昼の短い時間に賢治の詩碑と啄木の歌碑を見る |
| 盛岡八幡宮 | 門前町の八幡町 | 行事のある日の昼の参拝 |
石割桜を見に行く四月の昼
春の初回に向くのが、盛岡地方裁判所の構内に立つ石割桜です。巨大な花崗岩の割れ目から育った幹の直径約1.35mの桜で、樹齢は360年を越え、1923年には国の天然記念物となっています。見ごろは例年4月の半ばからで、JR盛岡駅からは歩いて20分ほどの距離にあります。城の石垣や三つの川と並んで盛岡を表す図柄によく使われる桜なので、地元育ちの相手にも県外から来た相手にも、行き先の説明がいりません。開花は年によって前後するので、日を決めるのは開花の便りが出てからでも遅くありません。
城跡の石垣と、屋内で過ごせる重要文化財
盛岡城は、北上川と中津川の合流地にある花崗岩の丘陵に、1598年に築城が始まった城です。白い花崗岩で組まれた石垣は、高い所で14mに及びます。盛岡城跡は1937年に国の史跡に指定され、2006年からは日本100名城の一城に数えられています。跡地は1906年に長岡安平の設計で岩手公園として開園し、2006年に盛岡城跡公園という愛称が付けられました。園内には宮沢賢治の詩碑と石川啄木の歌碑があり、どちらかの作品を読んだことのある相手となら、好きな一節の話にも移れます。
気をつけたいのはクマです。2025年10月には、城跡公園から近い盛岡市役所の裏手で、中津川の河川敷にクマが現れた映像を国の河川事務所が公開しました。時間帯にかかわらず、川辺や木立の中を歩くことはデートの予定に入れず、城跡は昼間に石垣を見上げる短い立ち寄りにとどめてください。秋は城跡も含めて屋外の時間を短くし、次に挙げる屋内の文化財を中心に組み立てるほうが安心です。
雨や雪の日の候補にもなるのが、建物そのものを見に行ける場所です。旧第九十銀行本店本館を使ったもりおか啄木・賢治青春館と、岩手銀行赤レンガ館は、いずれも国の重要文化財です。もりおか歴史文化館を含め、開館時間は訪ねる日に合わせて調べておきましょう。歩く距離を少し延ばせるなら、日本の道百選に選ばれた寺町通りや、五百羅漢で知られる報恩寺、国の登録記念物になっている南昌荘庭園も候補に入ります。
秋の中津川は橋の上から眺める
中津川には築城のころに上ノ橋・中ノ橋・下ノ橋の三つが架けられ、盛岡三橋と呼ばれてきました。上ノ橋の擬宝珠は国の重要美術品です。秋になると、市内の橋から川をのぞき込んで遡上したサケを探す人の姿が見られます。眺めるのは昼間に橋の上からにして、河川敷には降りないでください。散歩の目的地にするより、中心部を移動する途中で少し立ち止まるくらいの使い方が合っています。
城を中心に西へ広がった街の歩き方
多くの都市は駅を中心に発展してきましたが、盛岡は盛岡城を中心に、西へと中心市街地を広げてきました。中心市街地からは北西に岩手山、東に早池峰山、北に姫神山が見えます。城下町を開いたころからの区画が今も残っているため、中心部の地図は駅前からではなく、城跡を起点にして読むと頭に入ります。
大通・菜園のアーケードと映画館通り
中心市街地にあたるのが大通と菜園で、県内でも商業施設や飲食店が多く集まる地区です。菜園は江戸時代に南部家の御菜園があった場所で、1927年に大通とあわせて街区の開発が始まりました。大通には片屋根式のアーケードが続き、物販の店を見て回る昼の買い物に使える通りです。大通は日曜日に歩行者天国になることもあり、休日の昼なら通りを歩くこと自体が予定の一部になります。
両地区の中央を南北に貫く映画館通りには、盛岡市の映画館のほとんどが集まっています。最近は若い人向けの店や飲食店も増え、上映の時間に合わせて会えば、観たあとの感想がそのまま食事の席の話題になります。
中津川の北と南で変わる街の性格
中津川の北側は藩政時代から河北と呼ばれ、盛岡城の内丸跡には明治以降、県庁などの官公庁、金融機関、マスコミ、医療機関が集まってきました。1889年に市制を敷き、2008年に中核市へ移った県庁所在地の行政の中心が、この一帯です。平日にこの一帯で働く社会人と会うなら、勤め先から歩いて出られる中心部で夕方に落ち合うのが無理のない形です。
川の南は河南と呼ばれる地域です。中ノ橋のたもとには藩の高札場が置かれ、明治以降は銀行が並ぶ商業街として発達しました。盛岡八幡宮の門前町である八幡町もこちら側にあります。市内には肴町や鉈屋町といった古い町名も残っていて、地名の由来を尋ねるだけでも地元の相手との会話はつながります。
北の上田方面には、岩手県立博物館、盛岡市立図書館、岩手大学の上田キャンパスが連なります。南へ目を移すと、仙北町は江戸時代に秋田の仙北地方から移り住んだ人々によって生まれた町で、本宮地区には平民宰相として知られる原敬の生家があります。盛南地区に広がる盛岡南新都市にはロードサイド型の大型商業施設が立ち、城下町の区画が残る中心部とは、同じ市内でも街の成り立ちがまるで違います。
JRとIGR、そして路線バス
盛岡駅には東北新幹線と秋田新幹線のほか、東北本線、田沢湖線、山田線、IGRいわて銀河鉄道線が集まっています。新幹線のはやぶさと秋田新幹線のこまちは、この駅で連結したり切り離したりして走ります。2002年に東北新幹線が八戸まで延びたとき、盛岡駅から北の東北本線はIGRに移され、2010年以降は盛岡駅が東北本線の終着駅です。市内には東北本線の仙北町駅や岩手飯岡駅、田沢湖線の前潟駅、山田線の上盛岡駅や山岸駅といった駅もあります。
それでも、市内の公共交通で主力になっているのは路線バスです。岩手県交通、岩手県北バス、JRバス東北の路線が市内のほぼ全域を走っています。車を持たない相手と会う日でも、駅前か中心部のどちらかへはバスで出てきてもらえる街です。
岩手山の麓と北上川の下流、盛岡を囲む五つの市町
以下の五つの市町は、どれも盛岡市と境を接し、盛岡駅に乗り入れる路線で行き来できます。待ち合わせの基本は盛岡駅に置き、相手の帰りを早くしたい日だけ途中の駅を使う、と考えておけばたいていの約束は組めます。
田沢湖線とIGRで西と北へ(滝沢市・雫石町)
盛岡駅からIGRいわて銀河鉄道線に乗ると、青山駅と厨川駅を過ぎて滝沢市に入り、巣子駅、滝沢駅へと続きます。田沢湖線にも市内の小岩井駅と大釜駅があります。滝沢市は盛岡に隣り合う立地からベッドタウンとして宅地開発が進んできた市です。例年6月の第2土曜日に行われるチャグチャグ馬コは、装束をつけた馬が滝沢市の鬼越蒼前神社を出て、盛岡八幡宮までの14kmを進む祭りです。滝沢で出会いを探すなら、IGR沿線に住む相手とは盛岡市内の厨川駅や青山駅で会う日もつくれば、帰り道が短くなります。
田沢湖線をさらに西へ進んだ先にあるのが雫石町で、赤渕駅、春木場駅、雫石駅が並び、雫石駅には秋田新幹線も停まります。町には1891年に開設された小岩井農場があり、農場の敷地は雫石町と滝沢市にまたがっています。農場の名は小野義眞、岩崎彌之助、井上勝の三人の頭文字を取ったもので、出かける日の話の種には困りません。雫石駅から盛岡駅までは田沢湖線で乗り換えなしに着き、秋田新幹線も使えるため、雫石の相手とは盛岡駅で落ち合う組み方が素直です。
東北本線で南へ(矢巾町・紫波町)
東北本線を仙北町駅、岩手飯岡駅と南へ下ると、矢巾町の矢幅駅に着きます。町の名は矢巾、駅の名は矢幅と字が違うので、地図で探すときは気をつけてください。矢巾町は盛岡市の南に広がる田園地帯の町で、2007年には岩手医科大学の矢巾キャンパスが完成しています。この医科大学に通ったり勤めたりしている相手なら、毎日向かう先は盛岡市内ではなく矢巾です。仕事帰りに会う日は、両者の間にある仙北町駅のあたりが落ち合いやすい位置です。
矢幅駅の先、盛岡市と花巻市の中間にあるのが紫波町です。町の中央を北上川が流れ、東北本線には日詰駅、紫波中央駅、古館駅があります。紫波中央駅前では町有地10.7haを公民連携で整えるオガールプロジェクトが進められ、2012年には官民複合施設のオガールプラザが開業し、町の図書館もその中に開館しました。紫波で出会いを求める人と盛岡に住む人なら、矢巾町の矢幅駅周辺がちょうど二人の間に入ります。
花輪線で高原の市へ(八幡平市)
八幡平市が盛岡市と接しているのは、旧西根町にあたる市の南東部だけで、この地域が市の玄関口になっています。市内には安比高原などの観光地があり、中心となる駅は花輪線の大更駅です。花輪線は盛岡市玉山地区の好摩駅が起点ですが、全列車がIGR線を通って盛岡駅まで乗り入れています。大更駅で乗った列車がそのまま盛岡駅まで来るので、八幡平の相手には途中で降りてもらうより、盛岡駅で会うほうが手間がかかりません。
盛岡の暦に沿って、二人の予定を組み立てる
八月のさんさ踊りとお盆の舟っこ流し
盛岡の夏は猛暑日がほとんどなく、昼に外を歩く予定も立てやすい季節です。盛岡さんさ踊りは例年8月1日から4日まで、中心部の中央通を会場に開かれます。太鼓と笛に合わせて踊りの列が進み、「サッコラチョイワヤッセ」という掛け声が通りに響きます。前日の7月31日には、例年盛岡駅前の滝の広場で昼から20時ごろまで前夜祭の催しがあり、駅で待ち合わせる日ならそこから祭りの空気に触れられます。1978年から今の形で続き、2007年には太鼓の数でギネスの認定を受けました。参加は企業や学校、有志がチームを組むのが基本で、開催が近づくと市内のあちこちで稽古が始まります。自分の職場がチームを出しているなら、その稽古や本番の話から次の約束につなげることもできます。
お盆には、藩政時代から伝わる送り盆行事の舟っこ流しがあります。町内会や寺院が龍の頭をかたどった舟を飾って故人を供養し、北上川に流す行事で、明治橋の付近も会場の一つです。見物は大勢の人に混じって眺める形になり、終わったあとの帰り道も込み合います。供養のための行事なので、さんさ踊りの熱気とは違い、少し離れた所から静かに舟を見送るくらいの気持ちで出かけると場の空気になじみます。
九月の流鏑馬と一月の裸参り
盛岡の総鎮守とされる盛岡八幡宮は、康平5年(1062年)の創建と伝わる神社です。例祭は例年9月15日で、南部流の流鏑馬神事が奉納され、9月中旬ごろには盛岡秋まつりとして山車の行事も行われます。行事の日取りは八幡宮の案内で確かめ、昼の行事に合わせて会えば、夏に知り合った相手との三回目、四回目の予定として無理がありません。
冬の行事は裸参りです。例年1月に市内の寺社で行われ、盛岡八幡宮では1月15日、材木町の酒買地蔵では1月11日が目安とされています。寒さの厳しい時期なので、見物は短めにして、すぐ屋内に入れる予定と組み合わせるのが現実的です。
新幹線の距離と二度泣き橋
開運橋には二度泣き橋という別名があります。首都圏などから来た転勤族のあいだで、遠い所まで来てしまったと着任のときに泣き、去るときには離れがたくて泣く、と語られたのが由来です。初代の橋は1890年の盛岡駅開業に合わせて架けられ、今の橋は1953年のものです。
恋活から一歩進んで婚活を考える時期に入れば、互いの実家や職場の場所も自然と話に上ります。東北新幹線が大宮から盛岡まで開業したのは1982年のことで、今では盛岡駅に東北新幹線の全旅客列車が停まり、はやぶさは1時間に1本以上、東京駅までは最短2時間9分、仙台駅からは最短38分です。相手の家族が首都圏や仙台にいる場合でも、帰省や出張に合わせて会う日を前後させる調整は十分に考えられる距離です。
盛岡で出会いを探す準備は、メールアドレスを一つ送るところで整います。